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内定者の就活日記

Diary02

歩いたから、走れる。

四年制大学 卒業見込み/英語教育専攻

エントリーシート

 松葉杖で踏み出す一歩は、陸上部の私を絶望させた。広いグラウンドの端で一人、怪我と不安に向き合う日々から逃げたかった、逃げた。本にしがみついてみた。ページをめくる音は、隅っこの世界を真ん中にしてくれて、何にも出来ない私と一緒に足踏みしてくれた。足跡は道になり、秋にできた傷口は年が明けるとかさぶたになった。私は本が作りたかった、あの時自分のそばにいたような“人生を揺さぶる”本を。学校の先生になるつもりで準備していた1月、急な進路変更で周囲を驚かせ、それでも本を読み続けた。走れるようになった今もまだ、本のことを考えている。

2022年3月26日(土) 筆記試験

 前日、国会図書館に突撃するも、無策ゆえにまごつく。少しずつ読み進めていた週刊新潮と小説新潮一年分を何とか読み終え(三次面接前にもう一年分読了)、他の雑誌にもちょっとずつ目を通す。あとは願掛けの意を込めて、新潮社の社史を借りてペタペタ触っといた。
 朝、スマホに先導されながら会場へ。既に外には大きな列ができていて、ほんのりスパイスの香るカレー屋の前で、スーツとスーツに挟まれた大勢の一部になった。試験直前に急ごしらえで検索した「新潮社 ベストセラー」の二語のおかげで、何とかここは生き残った。

2022年4月21日(木) 一次面接

 面接における唯一のこだわりは、午前の2枠目を予約すること(最終面接まで揺るがなかった)。緊張している人を見ると緊張が解けるという私の体質と、午後はお腹いっぱいで眠くなっちゃうからダメという理由で練られた作戦。さあ自信を持って、いざ戦いの地へ! 既に1枠目の人たちが始まっていたが、薄い壁の反対側から聞こえる声は緊張など感じさせないものだった。みんな色んなことを経験してここにいて、私の知らない世界をいくつも知っていることが分かった。こりゃ、ダメかもしれないな。怖気付きそうになりながらも、元気に挨拶すれば何とかなるという家訓を思い出し、自分を鼓舞する。面接が始まれば緊張はしないもので、ランナーズハイのような状態で乗り切った。

2022年4月26日(火) 二次面接

「君はきっと、どこでも上手くやっていけるよ」。面接終盤、言い渡されたゲームセットに近い言葉。一次面接にいた凄い人たちになりきろうとしていた私は、完全に見透かされていた。何てことない私という存在、本当の気持ちを伝えるしかなかった。「私、本当に新潮社に入りたいんです。上手く言えないけど、本気なんです」。最後に一言と聞かれ、心から出た言葉の語気は強かった。外は雨、私も泣かせてくれ。上手く言葉にできない時点で、出版社志望失格だと思いながら、駅に向かう。東京駅には絶えず多くの人がいるのに、私と“あの言葉”だけが流れに取り残されている気がした。新幹線のチャイムが鳴る。他には何もせず、当分見ることは無いと悟った景色だけを見続けていた。
(翌々日、三次面接の案内が届く。嬉しさを共有したくて、ペットに大きめのエサをあげた)。

2022年5月11日(水) 三次面接

 もう一度、東京に来た。飾ってない本当の自分を話すことにした。アフリカから来た留学生が豆しか食べなくて喧嘩したこと。そんな中出会った、高野秀行さんの『幻のアフリカ納豆を追え! そして現れた〈サピエンス納豆〉』。得意料理の納豆チーズオムレツ。ご飯が進むのは、他人のうわさ話。おしゃべりだけど人見知り。大事なことをすっぱり決めてしまうこと。先生になる夢があったのに、今ここにいる自分。でもまだ諦め切れなくて、教員採用試験の願書を出してしまったこと――。取り留めもなく、今思っていることを話し続けた。
 どんなに言葉が詰まっても全部真剣に、そして面白がって受け止めてくれた。やっぱり“新潮社”に入りたかった。

2022年5月16日(月) 最終面接

 16時、鳴らない電話と手いっぱいの東京土産を握り締めて、駅の待合室にいた。数時間前、ベンチプレスの話から始まった最終面接。作文が面白かったと言ってもらえたことが就活を終えるための勲章になった。褒めてもらえたし、落ちちゃっても全然大丈夫だと強がる心に、震える手。呼応するかのように電話が鳴った。知らない番号から言われた、内々定です。電話が切れて、黒い画面に映る自分。まだ震える手、ホームから聞こえる出発音、怪我した時の自分、今ここにいる自分。どれが現実か確かめられないまま、家族に電話をし、新幹線に乗り込む。私、新潮社で働きます。
 車窓から見える景色はいつもと一緒で、でもちょっとだけ違った。逃げた先で摑んだ夢と共に、あの時と同じ一歩でいま、走り出した。

学科の友人と毎日送り合っていた日報の一節。
一次面接と二次面接の間が一番ストレスフルだった。

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