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ぬいぐるみを抱く男
四年制大学 卒業見込み/文芸・思想専攻
エントリーシート
ぬいぐるみが好き。毎日7時間以上の自己分析で手に入れた僕の答えだった。「出版就活は素を出せ!」とよく言われる。その時は素なんてあるようでないものだと思っていた。だけど今は、素をみせることは「弱さを曝け出すこと」なのだと思う。ぬいぐるみが好き。それは、僕の中で、人間として一番生々しい部分だ。ぬいぐるみと一緒に寝ている、さらには自分で作っている。あまり人に言えなかった趣味だけれど、それも自分を構成する大切な一つの要素だ。自分に深く潜り、向き合い続けて摑んだ答えだった。留学していたこと、一人旅していたこと、世界遺産や音楽、純喫茶、ケバブが大好きなこと。そして、編集者になりたいということ。口でいうのは簡単だけれど、「なぜ好きなのか」「なぜ挑戦したのか」を目の前の人に100パーセント伝えられるまで言語化するのは難しい。けれどその答えは自分の中にしかない。こうして僕は一月、二月、三月、ほとんどの時間を自己分析に費やした。
さらに、できるだけ僕という人間をおもしろがってもらえるよう、なるべく解像度の高い言葉で自分を表現した。そうして、全人生をぶつけたESが完成した。
2022年3月26日(土) 筆記試験
とにかく人の多さに圧倒された。
この中から内定を得るのは数人なのだ、そう考えるだけで気が遠くなったのを覚えている。
家には帰らずそのままファミレスに行った。想定問答集をつくり、ESから考えられる質問はすべて書き込み、自分が納得できるまでその答えを探し続けた。
2022年4月21日(木) 一次面接
楽しかった。はじめて編集者の方と会話した。しかも自分の考えを面白いと言ってもらえた。やっぱり出版社に入りたい。素直にそう思った。
2022年4月27日(水) 二次面接
二次面接も、一次面接に続き和やかな雰囲気だった。「ぬいぐるみと一緒に寝てるんだ」「恥ずかしながら…今でもぬいぐるみと寝ています」。そんな僕の返答に面接官の方はすぐさま、「恥ずかしくないよ、人にはなにか拠り所が必要だと私は思う」と肯定してくれた。この時に僕は、「この会社に絶対入りたい」そう思ったのだった。面接終了時には、『そこに僕はいた』という作品で自虐する自分を肯定できたこと、そして今度は自分が届ける側にまわって人の捉え方やモノの捉え方を変えていきたい、ということを全力で伝えた。
2022年5月11日(水) 三次面接
三次面接は前回とは違いやや重い雰囲気。しかし会話を続けるうちに軽くなっていった。「なんでぬいぐるみづくりが好きなの?」「ぬいぐるみは、人の心の底にある、何かを愛しい・可愛いと思う感情を掘り起こしてくれるから好きです。だけど本ならもっと多くの人のそういう感情を掘り起こすことができると思っています。ESに書いた企画にもあるように、そんな作品を届けたいです!」「今日はぬいぐるみ持ってきてないの?」この一言を振りだと思った僕は、三次通過連絡を受けとってすぐ、手のひらサイズのぬいぐるみをつくった。新潮社の文庫本に描かれた葡萄がモデルだった。これで勝負をするんだ。ブドウちゃん。僕の力になっておくれ。鞄にそっとしまった。
2022年5月16日(月) 最終面接
ついにここまできた。やれることは全てやってやろう、という気持ちで家を出た。最終面接の部屋に鞄は持ち込めないとの説明があった。鞄のぬいぐるみをスーツの胸ポケットの中に忍び込ませる。「では次の方」自分の順番が来た。面接官が9人並んでいると流石に圧を感じた。いつも通りにいつも通りに…。胸ポケットのブドウちゃんに意識を向けることで気持ちを落ち着かせていた。「名前で得したこととかってある?」「BGM選曲が特技なんだ、今この雰囲気に合うBGMは?」四方八方から飛んでくる質問をラリーのように打ち返していく。気づけば終了時刻。最後には「僕は、人の感情を知り尽くしたい、向き合いたいと思って留学や一人旅に挑戦してきました。編集者は、社会や、読者や作家さんだけじゃなくて、作品の中の人生とも向き合わないといけない。だからこそ僕はこの仕事を愛せると思うし絶対やりたいです。中でも新潮社の作品に人生を変えられましたし、本棚に一番多くあるのも新潮社の本です。新潮社が第一志望です!!」と思いをすべて伝えた。「ありがとうございました!」面接は終了。扉を閉めて肩を落とす。ぬいぐるみを見せられなかった。絶対に見せると決めていたのに。いくらでも見せられるタイミングはあったのに。チャンスを逃した自分がなさけなかった。それに、このままではブドウちゃんが報われない。せめて誰かにみてもらおう。「実は面接でみせられなくて…」と受付のお姉さんにぬいぐるみを見せて、僕は帰路に就いた。
その日の午後、内定連絡をいただいた。間違いなくその瞬間は、人生のハイライトだった。さらに、なんと受付の方が人事部にぬいぐるみのことを伝えてくれていたと聞いた。そんなことがあるのだろうか。感謝してもしきれない。そして、タイミングを逃してしまうような、そんな僕をまるごと認めて下さった新潮社はとっても懐が深い会社なのだと思った。来春からそこで、僕は働くことができるのだ。
家族に「ブドウちゃんは神棚に飾れ」と言われた。僕にはそんなことはできない。僕を内定まで導いてくれたぬいぐるみたち。今日も一緒に布団に入る。
- 全員で記念撮影。