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内定者の就活日記

Diary01

スーツを着るということ

四年制大学 卒業見込み/法学専攻

2023年3月12日(日) エントリーシート提出

「人は様々な可能性を抱いてこの世に生れて来る。彼は科学者にもなれたろう、軍人にもなれたろう、小説家にもなれたろう、然し彼は彼以外のものにはなれなかった。これは驚く可き事実である」(小林秀雄「様々なる意匠」)自分について考えると決まってこの一節が脳裏に浮かぶ。自分には様々な可能性があったはずだ。しかし、父との葛藤。学生時代の経験。幼い頃から感じる他者との違い。それらは決していい思い出だけではない。なりたくてこんな私になったわけではない。それでも私は確かに私にしかなれなかった。そんな「驚く可き事実」を一つの軸にしたときに初めて自分を理解することができた気がする。なぜ出版が良いのか。なぜ編集者になりたいのか。どのような本を作りたいのか。その答えは、内奥に深く根を張るこれまでの私が自然と教えてくれた。魂を込めて書いた言葉は必ずや筆致に現れる。言葉を信用してESを書き上げた。

2023年3月25日(土) 筆記試験

筆記試験のために特別行った対策はない。服装は黒T黒ズボンで臨む。(会場の9割はスーツを着用していた。)私は暑がりで人数の多いところが苦手。従っていつもの服装で行くことを心がける。就活では多くの「あるべき論」がある。しかしその根元にあるのは「他者へ迷惑がないように配慮を最大限するべき」という名目ばかりが肥大化した「自己の抑圧」ではないだろうか。必要以上の気を張らないこと。力を抜く時は抜くことを意識して試験に向かう。
追記:ツイッターで話題のニュースや『日経エンタテインメント!・12月号』は読んでおいた方が良いと感じる。これを前日に見ておいたおかげでなんとか生き残れた。

2023年4月21日(金) 一次面接

ドキドキした気持ちを胸に、待機時間には本を読む。私の順番になり呼びに来ていただいた面接官からは「今キリがいいところ?それ何の本?」と声をかけられる。出版社で働くとこんな会話が毎日できるのかな、と妄想する。面接では「ガクチカ」の話や「志望動機」などよくある質問が中心であった。相手とちゃんと会話をすることを意識する。言葉を暗記し、ロボットのように応答するのは相手に失礼だ。有機的な関係性の中で文脈を理解し適切な言葉を使うのが他者への誠意なのかなと思ったり……。言わば飲み屋の延長の様な雰囲気?で面接に臨む。

2023年4月26日(水) 二次面接

「落ちたかもしれない……」他社選考も順調に進み、自分軸にしがみついていた……。自己主張が常となる面接を繰り返すうちに意固地になっていたのかもしれない。「何を聞かれても大丈夫」と余裕の顔で、面接の待ち時間には一人私服で本を読む。そんなとき面接官から言われた言葉は「もし週刊誌で働くことになった時、その服装だったらどうかな?」
就職活動は自分をアピールするだけの場所ではない。自分が社会でどのように働きたいのか、その意思を示す場でもある。意固地だけでなく社会の文脈に合わせる媚態も必要。これからの面接ではスーツを着て行こう。

2023年5月10日(水) 三次面接

三次面接の開口一番「今日はスーツで来ました。」と恥ずかしそうに答える私に大爆笑の面接官五人。(面接の内容は共有されているのだろうか。)自分のバックグラウンドを掘る質問や、社会性(自分の好きを社会で表現することについての柔軟な考え)が見られていた。新潮社と言えば文学や小説。しかしここでは哲学や思想――「新潮選書」や『天才 富永仲基』(新潮新書)―が好きな私を晒し晒し話す。そしてそんな偏った自分が嫌なことも素直に話した。他社の面接では三次から面接官の目が変わる。彼らの目は魚を品定めしているそれだった。だが新潮社の面接は三次面接も楽しかった。マニアックな思想に興味があることに引け目を感じていた私を面接官は面白そうに笑ってくれた。この会社の地下水脈には人情が流れている。こんな人たちと働きたいと心から思った。

2023年5月15日(月) 最終面接

自分の無駄な自意識は捨てて面接に挑もうと思った。これまでの私は私服で哲学書を片手に面接の順番待ちをしていた。しかし、最終面接でもスーツを着用。最後まで自分の思考をまとめたノートを確認。カッコつけるのをやめて、がむしゃらにやってやろうと思った。
面接では好きな映画や、人生のテーマ、本棚にある本のジャンルなど幅広く聞かれる。なぜだろうか、全く緊張しなかった。だが帰り道、好きな映画に「虎狼の血」(柚月裕子原作)を言い忘れたことに気がつく。猛烈な後悔……。家に着いてからは中瀬ゆかりさんと食堂で映画の話をする妄想をしつつ、新潮社に念を送る。内定の電話をいただいた後はすぐに祖母とお世話になっている先生に電話をした。自分の人格形成に寄与していただいた方への感謝がどんな感情にも優って強かった。
追記:私は主体が不透明な「あるべき論」を押し付けられることが大嫌いである。「働く意味」の定義から始まった就活セミナーは開始10分で退出した。ギリギリまで本を読みたかったので就活解禁日(3月1日)の2ヶ月前まで筆記対策もほとんどしていない。また形骸化しているとしか思えなかったOB訪問にはその意義を見出すまで、訪問すらできなった。なぜ自分は他の人の様に振る舞えないのか思い悩んだ。しかし、二次面接をきっかけに自分は自分でしかないと諦めたとき、自分を笑って見せるユーモアが生まれた気がする。新潮社の面接官はそんな社会の建前からはこぼれおちてしまうような一隅を照らすべく、精気を漲らせる人々ばかりであった。志ん朝には「矢来町!」であれば新潮社には「人情!」と言ってみたい。

面接に疲れた時は志ん朝の「酢豆腐」を聞き「子別れ」で心をリセット。趣味は温泉、落語。想定以上のおじさん化が最近の悩み
小学生の頃NHKの「モタさんの“言葉”」が好きでよく見ていた。人生に悩んだ時は大抵この本に答えの方向性がある気がします。
勝負曲は吉田拓郎の「人生を語らず」と河島英五の「時代おくれ」。飾った世界に流されず、好きな誰かを思いつづける。時代おくれの男になりたい。

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